第六回ハイキング・サークル美ケ原スノーシュー

美ケ原のほぼ中心,美しの塔から北アルプス白馬連峰を臨む

 「あすみが丘第一自治会ハイキング・サークル」の行事は昨年秋(2005年)の「清澄山」のハイクで5回を数え、何とか細々とですが存続させてくることが出来ました。 今年は運動不足になりがちな寒い時期にも一度皆さんに歩くことを働きかけてみようと考えていました。そこで思いついたのが私自身が毎年一度か二度試みているスノーシューイングに皆さんを誘い出してみようということでした。恐らく殆どの方が雪の高原を歩くなどという経験をされていない方ばかりでしょうから、比較的高低差のない信州の美ケ原が適当だろうと思いました。

 深田久弥の著書「日本百名山」は美ヶ原に就いて次のように述べています。近年登山が盛んになるにつれて、高原を愛する人も多くなり、やがて山と高原が並び称せられるようにさえなった。 (中略) そういう高原の中で第一に挙げたいのが美ケ原である。ここほどその条件にかなった所もないだろう。大体二千メートル前後の高度を保って豊かに起伏した原である。北アルプスの二,三の原(例えば五色ヶ原や雲ノ平)を除いては、これだけ高い原はない。 (中略) 全く、桁が外れて広い。美ケ原の範囲はどこまでを指すのか知らないが、南の茶臼山から北の武石峰まで、広潤な草原が、果てしもないように続いている。さあ、どこでも勝手にお歩きなさい、といった風に続いている。

 その広さに、更に眺めを付け加えよう。以前は松本平の人々は、美ケ原を東山、北アルプスを西山と呼んだそうだが、その西山の最重要部分、槍、穂高の連峰を、東山からまざまざと眺めることが出来る。その豪快な山容を鑑賞するのに、最も適した距離である。その眺めに呆然としてから、目を他へ移すと、別の多くの山々が我も我もと名乗り上げてくるくるのに接するだろう。 (中略) 

 昔は美ケ原という名はなかった。二百七十年前の元禄時代に放牧場として利用したという記録があり、その後も農閑期の牛馬の休養場になったことはあったが、人間の楽しむ美しい原として登場したのは、昭和になってからという。山麓の住人山本俊一氏がこの高原を愛して、道を開き、粗末な笹小屋をたてた。それが今の山本小屋の基である。故山本翁を記念した「美ノ塔」が建ち、その裏面に尾崎喜八氏の詩が刻んである。

   登りついて不意にひらけた眼前の風景にしばらくは世界の天井が抜けたかと思う。 ・・・・・・・

 美ケ原を選んだ理由は、スノーシューイングの初心者には高低差が余りなく最適だろうということの他に、深田久弥が述べているように、そこからの周囲の山々の眺めが言語を絶するほど素晴らしいということでした。現に、インターネットで美ケ原高原の山本小屋のウェブ・サイトを閲覧してみると、美ケ原の最高地点の「王ヶ頭」からは日本百名山の四十一座が目視でき、そのうち十六座が3,000m以上の名山であると書かれています。

 小生、何とか皆さんを雪の高原に引っ張り出し、このような素晴らしい眺めを味わって欲しいと思いました。しかし、非常に残念なことに、小生の呼びかけに応じて、この企画に参加を申し出た方は最終的にたった4人に留まりました。恐らく冬の雪山は熟年世代には危険極まりないことだと思われたのでしょう。JR中央線の下諏訪駅から山本小屋までの4輪駆動車の送り迎えがあることですし、スノーシューイングは山本小屋をベースにほんの1、2時間のことなので殆ど危険なことはないと強調したにも拘わらず・・・・。